昔のずさんな取り締まり、アプローチの少なさに〜飲酒しても運転する。まーいいか。と思っている世代、人がいます。
自己中は卒業、人への配慮、思いやりの気持ちが集まり〜少しでも生きやすい時代になってくれることを願うばかりです。
飲酒運転で事故に遭い
ケガをされた方 亡くなられた方
昨日までの日々は
戻ってきません
お酒を飲んだら運転しない
お酒を飲んで運転しようとする人をとめたい
飲酒運転で 人の命を奪ってしまい、
障害をおってしまう人も
それまでの生活が一変します
自分やまわりの人が そうならないために
いろんな人に伝えていきたいです
大切な家族や友人と楽しい時間を過ごしたい!
大好きなアーティストのライブやイベントにいっぱい行きたい!
その為に出来る事を精一杯頑張ります!
楽しいお酒の思い出が、悲しみのお酒の思い出にならないように
飲酒運転をなくすために、乗ったら絶対に一滴も飲まない努力をしよう
みんなに迷惑かかるような事はしないようにしよう
運転免許証を取って35年間、飲酒運転は一度もしたことはありません。鉄の塊りをスピードを出して動かしている以上、それが当然だからです。
自分や家族を守るためにも、飲酒運転は絶対にやめましょう!
大事な人を交通事故で亡くした過去があります。お酒は一生飲みません!身内でも外飲みなんてもってのほか!
記憶が無くなるまで飲むような人には、飲酒運転の恐ろしさをイヤと言うほど伝えてきました。関係が切れてもいいんです。
この世からお酒が無くなれば良いのに!と何度泣いたことか。
お酒を飲むという行為は自己責任であるが、誰かの大事な場所・家族・時間を奪う行為は自己責任で済む話ではない。
気分がよくなるから、楽しいから、美味しいから...一時の感情に流されて酒に呑まれ、自我をなくすことは、自分で自分をコントロールできていないということではないのか。
「ヒト」は理性・知能があり、己をコントロールしてきたことが、進化の結果ではないのだろうか。
なぜ自己中心的な欲求に呑まれる「理性を捨てる」ことを、恥ずかしいと思わないのか、今一度胸に手を当てて考えてみてほしい。
自分は同じ職場の同僚が、婚約者を飲酒運転の2輪車にひかれる事故で失ったその連絡を受けた場に居合わせた経験がある。
業務中であり、気丈にふるまい影で涙を流す姿は、見ていて胸が張り裂けるような思いであった。
私は思う。
あなたが自己をコントロールすることは当たり前なことであり、本能を優先するならそれはただの快楽主義者・短絡的な考えである。
「ヒト」として誇りをもって生きよう、胸を張って生きよう。
誰かの「ナニカ」を奪うことは、誰もがするべきではない。
自分を生きるということは、自分と戦うことなのだから。
あなたは、「アナタ」に負けてはいけない。
しっかり自分の人生を歩んでほしい。
私は「ヒト」として本能に打ち勝つ。
そういう生き方をする。
あなたも目指してくれたら..私は願う。